なぜ「系統用蓄電池」が今これほど注目されているのか?
2025年現在、日本では再生可能エネルギー(太陽光・風力など)の導入が引き続き進んでいます。一方で、これらの電源は発電量が天候・時間帯に大きく左右されやすく、電力供給の安定性確保が課題となっています。
こうした中、系統用蓄電池(大規模蓄電池システム) が注目されています。単なる再エネ対策だけでなく、電力市場での売買・調整力の供給 を通じた収益化手段として、電力会社だけでなく、商社・不動産・投資ファンドなど異業種からの参入が増えてきています。
加えて、技術進化と制度整備が相まって、「蓄電池=あったら安心」から「蓄電池=戦略的インフラ/アセット」へと位置づけが変わってきており、この転換期だからこそ、系統用蓄電池への関心が高まっています。
系統用蓄電池とは? その定義と役割(2025年版)

定義
“系統用蓄電池” とは、電力の送配電網(グリッド)に直接連系され、余剰電力の蓄電、需要の増加時の放電、電力需給の調整、再エネの変動吸収、周波数/電圧の安定化などを担う 大規模な蓄電池システム のことを指します。
いわゆる “Grid‑scale battery storage”/“BESS (Battery Energy Storage System)” に該当します。通常、規模は 数 MWh〜数十 MWh、出力は MW クラス が目安とされます。

主な役割(2025年現状)
- 需給バランスの調整・周波数・電圧安定化
再エネ導入拡大により系統の変動が大きくなる中、蓄電池がバランスの役割を担う。 - 再エネ出力の平準化
余剰電力が生じた時に蓄電、必要な時に供給。再エネの有効活用と無駄削減に貢献。 - ピークシフト/ピークカット
需要がピークになる時間帯の電力を蓄えておき、ピーク時に放電することで、系統負荷を平準化。 - 電力市場での収益獲得
卸電力市場、需給調整市場、容量市場などを通じて電力 (kWh/kW) を売買・提供し、収益化。
産業用蓄電池との違い(2025年時点)
| 項目 | 系統用蓄電池 | 産業用蓄電池 |
|---|---|---|
| 接続先 | 送配電系統(グリッド) | 工場・ビルなど施設内部の受変電設備 |
| 主目的 | 系統安定化、再エネ吸収、市場参加による収益 | 施設の電力コスト削減/ピークカット・BCP対策など |
| 規模 | 数 MWh〜数十 MWh〜、出力 MW クラス | 通常は数十〜数百 kWh、場合により数 MWh |
| 運用主体 | 電力会社、新電力、商社、資産運用ファンドなど多様 | 施設オーナー(工場、商業施設、自治体など) |
| 収益構造 | 電力売買、調整力提供など直接収益 | 電気料金削減、コスト最適化などの間接効果 |
このように、産業用と系統用蓄電池の用途は、目的・規模・運用主体・収益構造が根本から異なるため、両者は「蓄電池」という言葉でくくれても、実質はまったく別物と捉えるべきです。
系統用蓄電池の仕組みと技術構成(最新)

系統用蓄電池は、単なるバッテリーの集合ではなく、複数の機器・制御システムを統合した「蓄電システム (ESS/BESS)」 として構築されます。
主な構成要素と最近の技術動向
- 蓄電池本体
主流はリチウムイオン電池。特に安全性と信頼性の高い「LFP(リン酸鉄リチウム)」が採用される事例が増えています。
また、再エネ併設型や系統用としてコンテナ型/ラック型の大型設置が多く、場所の制約や安全性確保が重視されます。 - PCS(Power Conditioning System)
蓄電池の直流 (DC) 電力を系統の交流 (AC) に同期させる装置。2025年には液冷式で高出力密度・高速応答性を備えた新型 PCS が発表され、系統用 BESS の性能向上に貢献しています。 - EMS(Energy Management System)
卸電力市場、需給調整市場、容量市場など複数の収益チャネルをまたがる運用を最適制御。各市場のスケジュール管理、SoC (蓄電池残量) 管理、劣化管理、制御指令への応答などを統合制御。 - 安全・監視システム
電池の過熱モニタリング、消火設備、防火区画、防災基準、サイバーセキュリティ対策など、安全設計が不可欠。これは近年の火災事故の報告を受けて、業界でも重要な要件となっています。
このように、系統用蓄電池は「ただの大きな電池」ではなく、「高度に制御された送配電インフラの一部」として設計されます。
収益モデルと運用スタイル — 2025年の現実
2025年の系統用蓄電池ビジネスでは、複数の収益源を組み合わせる“ポートフォリオ型運用” が主流になりつつあります。
主な収益チャネル
- 卸電力市場 (例:日本卸電力取引所 — JEPX)
電気が安価な時間帯に充電し、価格が高い時間帯に放電。電力の価格差で利益を得る非同期型のアービトラージ。 - 需給調整市場
電力の供給余力 (調整力) を売る、あるいは不足時に供給するサービス。2024年以降、蓄電池の参加が制度化され、応札実績も報告されています - 容量市場
将来の供給能力 (kW) を契約して対価を得る仕組み。蓄電池も供給力として認められつつあり、安定的な収益源になり得る。
運用スタイルの傾向
多くの事業者は 「一日の中で用途を切り替える運用」 を選択。たとえば、夜間は安価電力で充電 → 昼間の価格上昇で放電 → ピーク時間帯に調整力提供、などを組み合わせて 収益最大化と系統安定の両立 を図っています。
このようなマルチ用途 × マルチ市場対応が「系統用蓄電池」の強みであり、運用ノウハウと制御技術を持つ事業者が優位になります。
補助金制度と導入環境 〜制度の追い風〜

蓄電池は初期コストが高いため、国や自治体による補助制度・支援が重要な後押しとなっています。
- 日本では、経済産業省 (資源エネルギー庁) が「再生可能エネルギー導入拡大・系統用蓄電池等電力貯蔵システム導入支援事業」を実施。2024年度以降も公募・交付が継続されており、多くのプロジェクトが支援を受けています。
- たとえば、2024年度には 27案件で約 346 億円規模相当の支援 が交付されたとの報告もあります。
- また、都道府県レベルでも補助制度を設ける自治体があり、たとえば東京都では、2024〜2025年にかけて複数のグリッド接続型 BESS プロジェクトに対する支援が実施されています。
これにより、初期投資のハードルが下がり、採算ラインの見えやすさが改善され、普及の後押しとなっています。
市場規模・成長予測と現在の普及状況
■現状:普及は始まったばかり
- 2024年12月時点で連系済みの系統用蓄電池の容量は約17万kWに過ぎませんが、接続検討中は約9,500万kW、契約済みでも約800万kWに達しています。 これは申込みベースでの希望量が実際の系統容量をはるかに上回っていることを示しており、接続ルールや市場制度の一層の整備が急務であることを物語っています。
- つまり、申し込み/接続申請ベースでは大きな“ポテンシャル”があるものの、実運用されている設備はまだ限定的。これは、系統連系の手続きや設備建設、送電網の調整などに時間がかかるためとされています。
成長予測:拡大余地は大きい
- 市場調査会社によれば、日本のグリッドストレージ (Grid-scale BESS) 市場は 2024年 ~ 2030年で年平均成長率 (CAGR) 約 27.5% と予測されています。
- また、より広い “電力系統向け定置蓄電システム を含めた市場全体では、2024年の市場規模 (出荷容量ベース) が世界で約 254,498 MWh に達したとのデータもあり、世界的な拡大トレンドの中で日本市場にも期待が寄せられています。
このように、制度整備・技術進化・補助金という追い風がある一方で、現時点では「黎明期」 — 普及の“スタートライン”にある、というのが最も整合性の高い評価と言えます。
主なプレイヤーと参入動機

系統用蓄電池の導入・運用には、多様なタイプの企業・組織が関わっており、太陽光・風力発電事業者だけでなく、電力会社、新電力、商社、不動産、資産運用ファンドなど、エネルギー業界の枠を越えた参入が目立ちます。
主な参入動機
- 再エネ+蓄電の組み合わせで“出力制御ロス”を回避
再エネ導入が進む中で、供給過剰時に“出力抑制(curtailment)”されるリスクが高まる。蓄電池を使えば再エネを有効活用でき、収益機会を生む。 - 電力市場の制度整備と将来の収益モデルへの期待
卸電力市場、需給調整市場、容量市場が整備されつつあるため、蓄電池を“電力のストック/調整力供給資源”として運用することで長期収益を狙う動き。 - インフラ投資としての魅力
電力市場の変動や制度変更を見据えたうえで、蓄電池は「安定収益と社会インフラ価値」の両立が見込めるアセットと位置づけられており、商社・ファンドなどの資金が流入。 - 送配電網の安定化ニーズ
再エネの不安定性や需給の変動が激しい地域で、系統安定化および調整力の確保が急務になっており、送配電事業者からの引き合いも増加。
今後の展望と残る課題
明るい展望
- 技術進化 — LFP や高出力 PCS のようなコンポーネントの進歩、安全性や性能の向上によって、コスト低下と信頼性の向上が期待される。
- 制度整備と補助継続 — 政府・自治体による補助制度、公募の継続、制度設計の改善により、新規参入と普及拡大の基盤が整いつつある。
- 市場の成長余地と拡大 — 現在の普及率は低く、需要・申請量には大きな“余白”があるため、拡大の余地が大きい。
残る課題・不確実性
- 導入コスト (CAPEX) の高さ — 蓄電池本体、PCS、EMS、安全設備、送配電網の接続コストなどを含めると初期費用は多額。補助があっても一定の資金負担は必要。
- 実運用への移行の遅さ — 申請や契約ベースでは多くの案件があるものの、実際に稼働するまでには送電網の整備や許認可、設備建設などで時間がかかる。
- 制度・市場の不確実性 — 電力市場の価格変動、需給調整制度の改定、容量市場の運用ルール変更などが収益に影響する可能性。報道では、制度変更が成長にブレーキをかける懸念も示されている。
- 安全性・規制対応 — 電池火災、熱暴走、コンテナ設置の防火対策、地域の避難・防災要件、サイバーセキュリティなど、安全対策は必須であり、設計・維持管理コストがかかる。
まとめ — 「ためる電気」から変わる電力インフラ

2025年時点で、系統用蓄電池は技術・制度・市場のトレンドが重なり合い、「再エネ × 電力安定化 × 投資資産」 として現実味を増しています。
まだ普及段階は初期にあり、実運用されている設備は限られていますが、制度支援と市場の整備、蓄電池のコスト低下と信頼性向上 によって、今後数年で普及が加速する可能性が高い状況です。
そのため、「再エネ発電事業者」「電力・エネルギー事業者」「資産運用ファンド」「自治体」などにとって、系統用蓄電池は単なる設備導入ではなく、電力インフラの一翼を担う戦略的アセット になり得ると考えられます。
ただし、導入コスト、制度・市場の不確実性、安全性・規制対応など、クリアすべきハードルも少なくない。だからこそ、慎重な制度理解と技術選定、運用設計 が求められます。
